No.008
2013年6月11日
うえはら     もりぞう    
上 原 森 三 氏

(1938年9月11日〜
         2006年3月14日)
模型航空フリーフライト殿堂 008 上原 森三 氏
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〔プロフィール〕
1957年にF1Aの1号機を製作したのを機会に、本格的な競技生活を開始した。
グライダー競技一筋の人生であり、国内におけるグライダー種目の発展に貢献した。
高性能で美しい機体の製作、競技者としての技術も高く、1960年代からの活躍が知られている。

1971年の世界選手権スエーデン大会に代理飛行参加することになり、前年度の日本選手権者3名が代表選手として選抜された。F1Aとしては最初の世界選手権参加であった。

1973年の世界選手権オーストリア大会に、F1Aで参加した。
この大会で一緒に参加された、小堀さんがF1Bで3位入賞を果たされたのは有名である。

1980年代にはフリーフライト委員長として委員会の運営に貢献した。また湘南クラブの2代目会長として、後進の指導育成、湘南大会の発展に尽力した。














〔写真による競技歴〕

写真による競技歴-1

「写真−1」
1957年2月、19歳の時に藤川芳男さんの指導を得て、F1Aの1号機が完成した。
残っている写真の中で最も古く、生家近くのタンボで撮影したものと思われます。
<「写真−2」
1957年9月、引き続き製作したF1Aの2号機が完成するとともに競技会への出場が始まった。
この2号機は1958年に始めて出場した日本選手権の第3ラウンドで視界没となり紛失したとの記録が残っています。
<「写真−3」
1963年25歳、神奈川県の藤沢飛行場で開催された全日本国内級競技会にG級で参加した。
この時は残念ながら2位に終わっています。
「写真−4」
1968年30歳、静岡県の朝霧滑空場で開催された日本選手権のスナップです。
全面シート張りでロングスパンの美しい主翼が特徴です。

写真による競技歴-2

「写真−5」
1971年33歳 世界選手権スエーデン大会に代理飛行参加することになり、前年度の日本選手権者3名が選抜された。
航空会館で機体検査が行なわれた後に、収納箱に収められた機体がスェーデン向けに発送された時の写真です。
「写真−6」
1972年34歳 静岡県の御殿場市滝が原で開催された日本選手権で3種目中の最高タイムで優勝して「小柳杯」を受賞した時の喜びの写真です。 F1Aが他の種目を抑えて受賞するのは最初のことでした。
「写真−7」
1973年35歳 世界選手権オーストリア大会に出発する時に羽田空港で選手団の皆様と撮った写真の一部です。
団長が須田さん、F1Bの小堀さん、F1Cの伊藤さんの4名で参加しています。
「写真−8」
1970年代の夏季の日曜日に通った御殿場での練習風景です。
曳航テクニックや詳細な調整法はもとより、サーマルの読み方など、厳しい指導を受けたことを思いだします。
師弟ともに充実して楽しい時期でした。
「写真−9」
2000年頃に製作したF1Aと一緒に写った元気なお姿です。

〔弟子より〕
(熊井恒雄) 長い間お世話になった上原さん、いつも「親方」とよんでいました。
その昔、平塚の片岡タンボのホームグランドでは、稲刈りが終わり飛行シーズンになると、週末には早朝から飛行練習を開始、風が出て来るとセリ取り、イナゴ取りが始まる。また子供達を引き連れたドジョウやフナ取りなど模型飛行機だけではなく、我が人生の親方として色々な事を教えていただき、 感謝致しております。
機体の飛ばし方、構造の変化も時代と共に進化して来ましたが、なかでも湘南クラブでは、カーボンDボックスの機体を試作したのも上原さんでした。
思考錯誤の結果、何とか自分も完成したもののテスト飛行では問題点ばかり、紛失した機体捜索では何日も上原さんが付き合ってくださいました。
機体設計、フィールドでの確認、乱流線の効果テスト、曳航フックの製作など、何時も上原さんのご指導により、出来た事を改めて深謝する次第です。
現在もF1A機体の尾翼は全て上原さんが製作されたものを使用しています。
(親方グライドはどうですか?   クマ・・・紙1枚かえるよ!) ありがとうございました。

(中澤正雄) 上原さんに最初にお会いしたのは中学生の時でした。
秋の夕方の大空を飛ぶグライダーの優雅な姿を見た時に、グライダーの魅力に取り付かれました。
その場で是非グライダーを教えて頂きたいとお願いしたところ、高校受験を控えている、この時期は受験勉強に専念せよとの返事でした。翌年の春になり進学校も決定した日に、お宅を訪問してG級の図面を書いていただき1号機の製作を始めました。
この時から師弟の関係がスタートした次第です。
機体の設計や製作はもとより、ナイフやカンナなど刃物の研ぎ方から指導を受けました。
その年の夏に開催された習志野の全日本国内級競技会に一緒に連れてっていただき、G級で初出場した懐かしい想い出があります。
上原さんは大変几帳面な方で、機体製作の過程でも正確な細工や美しく仕上げる努力を惜しまず丁寧な仕事をされていました。また仕上がった機体の狂いが生じないように材料選定や構造などに工夫を凝らしておられました。
主翼全面シート貼りの美しい高性能な機体を今でも忘れません。
飛ばす技術についても、荒れた気象条件でも安定した曳航ができる様に、細かな調整方法、サーマルの読み方など、厳しく繰り返し指導を受けました。
また競技会場におけるマナーやチームワークの大切さなど精神面での指導を受けたことも大変ありがたいことです。
これらの技術や教えは現在の湘南クラブに引き継がれており、上原さんより指導を受けたお陰と感謝しております。
湘南大会の写真
1971年よりスタートした湘南大会の発起人でもあり、毎年盛んになっていった大会運営にも熱心に取り組まれました。 特に賞品のプロペラ、その後のメロンなどは、大変人気が高くなり湘南大会の名物となりました。
左の写真の中には懐かしい方々も大勢いらっしゃると思います。

1977年より湘南クラブの二代目会長として湘南大会の発展に尽くされるとともに、後進の指導育成に熱心に取り組まれました。
以上、師匠への感謝の気持ちと懐かしい思い出話など綴ってみました。




1971年世界選手権スェーデン大会参加機の自筆図面
F1A_No14の自筆図面

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